ばら》くの間、眼を四方に配るならば、モダーン名古屋の特徴がしみ/″\感ぜられるであらう。
東北隅に座を占めて居る赤煉瓦の建物は日本銀行名古屋支店で、この支店を動かすことが出来なかつたゝめ、大津町筋を真直にすることが出来ず、電車線路が歪んで居るところは、弁膜不全の心臓を見るやうである。赤煉瓦の建物など、どう考へても時代遅れだが、その時代遅れの建物にがん張られて、街の方を歪めたところなどは、どうもやつぱり名古屋式であるらしい。日本銀行支店など、名古屋の三銀行(名古屋、愛知、明治)から見れば問題にされて居ないのだが、いや、むしろ継子扱ひなのだが、その継子のために折角の都市の美観を犠牲にするとはげにも残念至極なことではないか。
その日本銀行と対角線的位置にあるのが、旧伊藤呉服屋、今は栄屋と称する食料品専門の販売店である。近々改築される筈で、いやもう一日も早く改築してほしいと思はれる、旧式な洋風建物で、而《しか》もその中で、台所専門のあきなひ[#「あきなひ」に傍点]が行はれて居るといふのも、やつぱり名古屋式であるかも知れない。
あとの二つの角にある建物は、これといふ特徴のないもので、名古屋市の中心点はいはゞ、まことにさびしいものである。たゞ、大津町筋を南にさがると、松坂屋デパートがあり、昨今はどうやら、そちらへ中心点が移動しさうであるが、広小路をはなれて中心点をつくることは当分はどうもむづかしさうである。その証拠に、断髪やセーラーパンツは、やはり広小路に最も多く見られるからである。メニキユアド・ハンドに、スネークウツドのケーンを持ち、しやんとしたネクタイをかけた所謂《いわゆる》広小路伯爵は、カフエー・ライオン、カフエー・キリンを根城として、夜になるのを待ちかねるのである。
一たび夜の帷《とばり》が下されると、広小路は名代の夜店の街とかはる。なにも之れは珍らしい現象ではないけれど、その夜店の種々雑多なことは、日本のどの都市にも遜色がないであらう。市役所前から名古屋駅頭まで、断続しつゝある偉観は、大した自慢にはならぬが、それ自身として、すばらしいものである。その夜店に食べ物の多いのは、名古屋の特徴が食べ物にあるといふ見かたに一つの材料を提供する。尤も名古屋には、食通は至つて少ない。名古屋人には、おつな[#「おつな」に傍点]食物《くいもの》よりも、やすい[#「やすい」に傍点
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