は発狂します」
「でも、発狂とはあんまりのようで御座いますねえ」とS子さん。
「いや本当です」
「それではM先生は何かそういう実例を御存じですか?」とS子さんは抜目なく突こんだ。
「知らないでもありません」と医師のM氏は煙草に火を点じて、意味ありげに、にやにや笑った。そこで、会員たちは、口を揃えて、M氏にそれを話すように迫った。
「では、兎《と》に角《かく》御話致しましょう」
 こういって、M氏はお茶を啜《すす》った。

[#7字下げ]二[#「二」は中見出し]

 皆さんも御承知のことと思いますが、医師というものは自由な職業のようで可なりに束縛を受けて居るものです。生活難という悩みはどの職業にも共通ですけれど、医師はそれ以外に医師法や刑法の窮屈な条文から起る種々《いろいろ》な悩みがあります。こう言うと、私が法律に反抗して、種々の罪悪を犯したがって居るのかと思いになるかも知れませんが、決してそうではありません。私の言う悩みは刑法と人道との相容れぬときに起るものを言うのであります。一寸《ちょっと》考えるとそんなことはありそうにないようですけれど実際にはあるのです。といっても抽象的な話では御
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