じことを考えたと見えて、
「やっぱり、噂に高い間諜《スパイ》の仕業《しわざ》ですか?」
 と尋ねました。
「いいえ、私の兄が犯人として警察へ連れてゆかれたのでございます。しかし兄はけっして父を殺すような人間ではありません。ですから、俊夫さんにこの事件の探偵をしていただきたいと思って参ったのでございます」
「どうか事情を詳しく話してください」

 令嬢の話によると、遠藤博士は生来短気な人であったが、五年前に夫人が亡くなられてからはいっそう気が短くなられたのだそうです。令息の信清氏は、今年二十四歳の青年であるが、父博士とは性格がまったく違って文学好きであり、事々に博士と意見が衝突して、この三年間は、健康を害してもいたので須磨の××旅館に養生かたがた滞在して、小説などを書いて暮らし、その間一度も家《うち》へ帰ってこなかったのだそうです。
 ところが今から六日前、すなわち一月十一日の晩、博士はある会合から帰ると、流行性感冒にかかって発熱されたそうです。博士は医者にかかることが嫌いで、いつも自分の診断で薬を飲まれたそうです。この四月には停年で大学をやめられることになっていて、近頃はずいぶん気が弱
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