って言いました。
「兄さん、すまないが、これから電話室の後ろの物置部屋に入って隠れていてくれ、僕はこれから書斎へ行って、この暦の話をするんだ。そうすると、きっと誰かが電話をかけにくる。そしたら、何番の誰を呼びだして、どんな話をするか聞いて、この紙に書いてきてくれ、もっとも話は分からぬでもよい」
 私は紙と鉛筆を受け取って言われるままに、薄暗い物置部屋の隅にしゃがんで誰が電話をかけにくるかと、耳をすまして待ちかまえました。一分、二分、三分、こういう時の一分は一時間にも相当します。あたりは森閑《しんかん》としていて、自分の心臓の鼓動さえ聞こえました。
 十分ほど過ぎると、電話室の扉《ドア》の静かにあく音がしました。
「大手の三二五七番」
 と、呼びだしたのは、まさしく書生の斎藤の声です。
「もしもし、通り四丁目の蔦屋《つたや》ですか、青木さんを呼んでください」
 しばらくすると、斎藤は何やら話しだしましたが、符丁《ふちょう》のような言葉づかいで、何を言っているのかさらに分かりませんでした。およそ三分間ばかり話してから、再び扉をこっそり閉めて、あちらの方へ去りました。
 そこで私は物置部屋を
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