出て、いま聞いたことを紙に書き、書斎に入ってゆきました。と、俊夫君が出てきて、
「兄さん、ご苦労様」
 と言いながら、私から紙片を受け取り、一応それを見てさらに何やら書きつけ、小田刑事に渡しました。
「Pのおじさん、すみませんが、これからお使いに行ってください。用事はここに書いてあるから」
 小田刑事は俊夫君の言うことなら、何でも聞いてくれます。
「それじゃ白井君、ちょっと失礼するよ」
 こう言って小田さんは出てゆきました。

   朝鮮浪人

 小田刑事が出ていった後で、私たち五人――白井刑事、俊夫君、令嬢、書生、私――はしばらくのあいだ黙って、互いに顔を見合わせておりましたが、やがて白井刑事は落ち着かぬ声で俊夫君に尋ねました。
「俊夫君、犯人は分かったか?」
「あら、犯人は信清さんだというじゃないですか?」
 と俊夫君は意地悪そうな顔で言いました。
「それが証拠というのは、あの手拭《てぬぐ》いだけだからねえ……」
「それじゃもっと他の証拠を集めたらどうです」
「だから、犯罪の動機を聞きにきたわけさ」
「すると財産のことですか、遠藤先生が亡くなられれば、財産はとうぜん信清さんのものでしょう」
「その財産のほしいような事情が最近に無かったか聞きたいのだ」
「お嬢さんどうですか?」
 と俊夫君が申しました。
「兄は身体《からだ》が弱いのでどこへも遊びに行かず、月々私は父の命令で百五十円ずつ送っておりましたが、それさえ使いきれぬぐらいでした」
 こう答えてから令嬢は、白井刑事の質問に答えつつ、兄さんのおとなしい性質を逐一物語ったので白井刑事もしまいには、
「ふむ、してみると殺害の動機はやっぱり毒瓦斯《どくガス》の秘密かな」
 と言いました。
 俊夫君は、白井刑事と令嬢との長い問答にもあまり耳を傾けず、時々懐中時計を出して見ては、何だかそわそわしていましたが、ちょうど、小田刑事が去られてから三十分ほどたったとき、突然、大声で、
「白井さん、早く信清さんを帰らせてください。ねえ、斎藤さん、信清さんに罪は無いでしょう」
 と申しました。
「僕は知りません」
 と書生は少し面食らって言いましたが、白井刑事も俊夫君の声に驚いて、
「なぜ?」
 と聞きました。
「なぜって白井さん、先生の殺されなさったのは昨夜《ゆうべ》じゃないですから」
「え?」
 と白井刑事は驚きましたが、私たち
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