ちの一例を左に紹介しようと思うのである。
 今から凡そ五六十年前のことと思って頂きたい。ニューヨークのマンハッタン銀行のまん向《むか》えに、ジョン・グレージーというダイヤモンド商があった。その頃この男は世界でも有数の宝石商で、年々何十万、何百万円の取引をして、どんな高価な宝石でも、売る人さえあればどしどし買い込むのであった。
 実際グレージーの家へ来る客は、宝石を買う人よりも売る人の方が大部を占めていた。しかもその客は、顔に変な笑いを浮べ、変なものの言い方をして、変な手附きで金を貰って行くのであった。そうして、その買値は、時価よりもうんと安かったけれども、売り手は別に不足をいわず、唯々諾々として、彼のつける値段に満足した。
 言葉を換えて言うならば、それらの客は、緑の林白の浪、手っとり早く言うならば即ち宝石泥棒であった。従って、グレージーは申すまでもなく、けいずかい[#「けいずかい」に傍点]であったのである。全くその当時、彼は世界第一のけいずかいだと評判されていた。けいずかいの評判が立って、そのように堂々商売して行くのは、一寸おかしく思われるが、警察では証拠を握ることが出来なかったので
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