イッチを捻る。電灯が点じないので、つかつかと中央の机に近づいて台附電灯《スタンド》のスイッチを捻る。それで万事は終るのである。電球はシェードに蔽われて居るし、まさか電球が爆弾に変化して居《お》ろうとは、どんな人間だって気のつく筈がないから、彼を殺すことに間違いのないと同じに、他殺の計画を見破られることも決してあり得ないのである。かくて、近藤進を除くことが出来、あの鼻を永久にこの世から消し去って、はじめて自分は安心して生活することが出来るのである。自分は晴れやかな気持になって家に帰った。
けれども新聞を見るまではさすがに案じられた。電球一ぱいの火薬がどれほどの威力を持つかは未知数であった。ところがあくる日の新聞は自分の予想を裏切られなかった。そうして過失死と断ぜられて事件は落着した。自分は永久に安全地帯に置かれたのである。
エドガー・アラン・ポオの小説を読むと、他人の眼を忌《い》んで殺人を行う話がある。けれども鼻を忌んで殺人を行った人間は古往今来《こおうこんらい》自分一人であると思う。そうしてその珍らしい動機にふさわしい方法で殺人を遂行したことは、あの鼻を除いた以上に自分に得意の感を与えてくれた。
こうしてだんだん犯罪をかさねて行くうちに、若しや自分は、面白さのあまり自分の姉さんまでも殺してしまいはしないかと不安に思う。近頃何となく、姉さんの腕の白過ぎるのが気になり出して来た。早くこの邪念が去ってくれたらと、なるべく姉さんの腕を見ぬようにつとめて居るのである。
読み終った由紀子は、眩暈《めまい》を感じてその場に膝を折った。そうして思わずもその本を落して、袖をもってその白い腕を蔽った。見る見るうちに頬の血が去って、瞳がどんよりと曇った。弘《ひろむ》の性質、行動、その他百千のことが頭にうずをまき、ただ怖ろしい感じのみが残って彼女の全身を戦慄させた。
突然、ラウドスピーカーから、明快なメロヂーが流れた。それと同時に階下に口笛の音がした。
「姉さん――姉さん」
由紀子は返事が出来なかった。
トン、トン、トンと、軽快にあがって来る弘《ひろむ》の足音が続いて起った。由紀子はあわてて立ち上った。
「姉さん、おや、こんなところに居たね。ビリーに薬をのませてくれた?」
「いま、とりに来たところよ」
やっとこれだけ由紀子は言い得た。
「おや、大変顔色がわるい。どうしたん
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