です」
 由紀子は弘《ひろむ》が快活であるだけ、それだけ怖ろしい気がした。
「もう直《じ》き、弘《ひろむ》ちゃんに殺されなければならぬから」
「あはは」と弘《ひろむ》は、由紀子の前に落ちて居る「日誌」を見て笑った。「見てしまったね。少し薬がききすぎましたか」
「え?」
「では……」
「それは僕の薬ぶくろですよ」
「…………?」
「といってはわかりませんか。而《しか》もあき[#「あき」に傍点]袋です。僕の病気は普通の薬では治らないのです。薬をのむ代りに、そこへ書くのです。つまり安全弁です。姉さんだって、時々涙をこぼして日記を書くじゃありませんか。書いてしまえば心の病気はけろりと治るでしょう。それです。この薬袋のある間は、僕は殺人もしなければ発狂もしません。ただ姉さんの腕の白過ぎるのは気になるけれどね」
 由紀子の頬はあかく染まった。弘《ひろむ》はビリーの薬袋をつかむなり、呆気にとられた姉を残して、階下へ走り降りて行った。



底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
   2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「文学時代」
   1929(昭和4)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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