ちどまった。車掌は早くもその人の足に眼を注ぎ、
「おや、あなたは、両足とも右の靴をはいているじゃありませんか」といった。
その人はうつむいてしばらくの間足許をながめていたが、はじめて気のついたような表情をしていった。
「や、これはどうも、ついその……」
「この靴があなたのでしょう?」と車掌は手にしていた靴をその人の前に差出した。
「いかにもそれが私のです」と、その人は顔を紅くして答えた。
車掌の顔には疑惑の色が浮んだ。こいつ怪しい人間だと思ったのであろう。急に真面目な態度になっていった。
「でも、おかしいじゃありませんか、他人《ひと》の靴をはいて、それに気がつかぬとは?」
「いや、全く申し訳がありません。何しろ……」
「申し訳がないではすみませんよ、こういう間違いは、偶然な間違いとは考えられませぬから」
「でも間違いにちがいないのだから勘弁して下さいよ。わたしは今|手洗《ちょうず》に行って来ただけです」
「そりゃね、いつもなら、笑ってすまされますけれど、何しろ、今二等車にある事件が起きたのですから、御面倒でも一寸車掌室に来て下さい」
その人は急に顔を蒼くした。
「それじゃ、納得の
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