行くようにここで申し上げよう。実はわたしは、片眼が不自由なんです」
こういって、その人が色眼鏡を取ると、右の眼のつぶれた跡が悲惨な姿をしていたので、私は非常に気の毒な思いがした。
然し車掌はなおも得心しなかった。
「けれど、他人の靴か自分の靴かは足の感じでわかるではありませんか」
「それがその私の左足は義足なんです」
こういって、その人は、洋袴《ズボン》をまくって見せようとしたので、車掌は始めて顔を和げ、
「もう、それには及びませんよ。いやどうも失礼しました」
こういって車掌は靴を置いて、逃げるようにして去った。しかしその人は別に怒った顔もせず、再び私の前に腰掛けていった。
「あなたのを間違えたのでしょうか、大変失礼しました。何しろ不具《かたわ》ものですから、どうか御ゆるしを……」
「どう致しまして」と、私はあわてて制していった。「さぞ御不自由で御座いましょう。とんだ御心配かけまして却《かえっ》て恐縮です」
それから私が手洗をすまして帰って来ると、その人は棚の上の信玄袋から、梨と小刀《ナイフ》を取り出し私にもすすめた。私はその好意を謝し、内心では、それまでその人の人相のよくな
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