被尾行者
小酒井不木

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)搏《う》ち方

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き](「サンデー毎日」新春特別号、昭和四年一月)
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 市内電車の隅の方に、熱心に夕刊を読んでいる鳥打帽の男の横顔に目をそそいだ瞬間、梅本清三の心臓は妙な搏《う》ち方をした。
「たしかに俺をつけているんだ」清三は蒼ざめながら考えた。「あれはきょう店へ来た男だ。主人に雇われた探偵にちがいない。主人はあの男に俺の尾行を依頼したんだ」
 清三は貴金属宝石を商う金星堂の店員だった。そうして、今何気ない風を装ってうす暗い灯の下で夕刊を読んでいる男が、今日店を訪ねて、主人と奥の間で密談していたことを清三はよく知っていた。
 密談! それはたしかに密談だった。あの時主人に用事があってドアの外に立った時、中でたしかに自分の名が語られているように聞えた。もとより小声でよくはわからなかったけれど、ドアをあけた時、主客が意味ありげに動かした眼と眼を見て、その推定は強められた。そうして今、この同じ電車の中で彼の姿を見るに及んで、清三はいよ
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