膳をもって去るなり、彼は直に床の中にはいったが、案の如く容易に寝つかれなかった。だんだん背中があたたまって来ると、過去の記憶が絵草紙を繰るようにひろげられた。両親に早く死に別れ、たった一人の叔父に育てられたのだが、その叔父と意見があわず、遂にとび出して数百里も隔った土地で暮すようになるまでの、数々の苦しい経験が次々に思い出されて来た。その後叔父とはぱったり消息を絶って、今はその生死をさえ知らぬのだか、今夜はその叔父さえ何となくなつかしくなって、探偵に尾行される位ならば、いっそ叔父のところへ走って行って暫くかくまって貰おうかとさえ思った。
二時間!三時間! やっとカルモチンの力で眠りにつき、眼のさめた時は、秋の日光が戸のすき間から洩れていた。いつもならばこの光りをどんなに愛したか知れない。それだのに今日は、その光りが一種の恐ろしさを与えた。そうして頭は、昨日からのことで一ぱいになった。
彼はしみじみ自分の罪を後悔した。けれども今はもう後悔も及ばなかった。それかといって、どうしてよいか判断がつかなかった。
愚図々々しているうちに正午近くなった。彼はやっと起き上って昼めしをすまし、さて
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