ば、どんなにつらいことであろう。と、そんなことを考えて、まんじりともせず、はては涙までこぼして、あなたに気附かれてしまいました。あなたは、しきりに私に向って、何故泣くのかと御たずねになりましたが、あの際どうして本当のことが申し上げられましょう。その上私は、あなたの接吻をさえ拒みましたので、あなたはついに御怒りで御座いましたが、私はもう、まるで夢中で御座いました。仮りに若し、あなたが私と同じ網膜炎であらせられて、私がそれを気附かず、結婚の当夜に、その真相を御告げになったとしたならば、恐らく私は気狂いにでもなるか、さもなくば悲しみと怒りのあまり、あなたを……いえ、どんなことを仕出かしたかもわかりません。それを思って私は、どうしても打明けかねたので御座います。然し私は、自分で打明けなくっても、今にあなたは、私の秘密を発見されはしないかと思って、びくびくしながら、時々涙を拭って見えぬ方の眼を隠すようにして居《お》りましたが、どうした訳か、あなたは眼鏡をさえ御とりにならず、また私の顔を正視なさることもありませんでしたから、私はほっ[#「ほっ」に傍点]としたので御座います。
 かような、いわば薄氷
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