行った。
 博士は暫らく考えていたが、やがて、名刺の裏に何やら書いて、患者に渡して言った。
「この文字を、君、誰にでもよいから見せたまえ。きっとその人は君が笑わずにおれぬ姿をするよ。その代り君は決して、この文字を見てはならない」
 患者は病室にかえるなり、早速他の患者に名刺の文字を見せた。
 すると、それを見た患者は、その場に逆立ちした。
 普通の者ならば、その姿を見て必ず笑う筈であるのに、患者は笑わなかった。
 けれどもその事は患者の好奇心をそそった。彼は看護婦が来るのを待って、名刺の文字を見せた。
 すると看護婦もその場でピンと逆立ちした。
 それでも患者は笑えなかった。けれども、好奇心は拡大された。
 そこで、彼は、庭園を犬をつれて遊んでいた子供に近より、名刺の文字を見せた。
 すると、子供も犬もその場で逆立ちした。
 けれども、患者はやはり笑えなかった。反対にその好奇心は極度に達して博士が見てならぬといった言葉を冒して、名刺を裏返して、その文字を読んだ。
 読むなり、自分もその場でくるりと逆立ちするを余儀なくされた。
 が、逆立ちすると同時に、脳の中へはいっていた弾丸が抜け落ち
前へ 次へ
全11ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング