士は、患者をして、腰から下が犬になったと信ぜしめたのである。

       四

 このような博士の治療法も、時として失敗することがあった。
 ここに述べるのはその失敗談の一つであるが、博士はこの例に於てその治療計画に失敗したとはいえ、事実に於ては治療の目的を達したのである。
 ある時、入院患者の一人がピストルで脳天を打った。
 もとより彼は自殺するつもりであったが、額に水平にピストルの筒を当てて引《ひき》がねを引けばよかったものを、奇を好んで、てっぺんから垂直に打ちこんだため、弾丸《たま》は脳の中へはいって、笑いの中枢を冒《おか》しただけで、生命には別条なかったのである。
 かくて患者は笑うことが出来なかった。けれども、自殺を図るような憂鬱な患者にとって、笑うことは、何よりも必要である。
 だから、助手たちは、患者を笑わせることも苦心した。
 けれども、どのような方法を講じても、患者は笑わなかった。へんな仕草をして見せたり、脇の下をくすぐるような常套手段から、亜酸化窒素吸入のごとき化学的方法まで講じたけれど、効はなかった。
 そこで最後に、助手たちは、患者を鬼頭博士のところへ連れて
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