たものである。
患者は始めて笑うことが出来た。
弾丸のために笑いの中枢が冒されていたのであるから、逢う人々を逆立ちさせて、患者を笑わせようとした鬼頭博士の考は、根本的に誤っていたのである。しかし、博士の計画は、偶然にも患者を笑わせることに成功した。
それにしても、逢う人々や犬までも逆立ちせしめた文字は何であろうかと助手が、名刺を拾って検《しら》べて見ると、そこには、
[#天から4字下げ]レンズとスリガラス
と書かれてあった。
なるほどこの二つをもってすれば、あらゆるものは逆立ちする筈である。
五
右の次第であるから、二重人格者河村八九郎の、人格交替の時間短縮をさまたげるために、鬼頭博士が推薦されたのも当然のことであった。
博士は、両親に連れられて来た八九郎を診察し、その病歴を委《くわ》しくきいてから、両親に向って言った。
「なに大丈夫ですよ。たとい人格交替の時間が極度に縮められても、元来、大星由良之助と高師直はお芝居の人物ですから、ただ大星が師直を殺す真似事をするだけですよ。本当に死にはしないから、安心なさい」
けれども、両親の不安は去らなかった。
母
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