らなかつたからである。而《しか》して現今の医学の主要なる部分を占《し》むる薬物療法なるものは、実に原始人類から伝へられて来た種々の毒に関する口碑《こうひ》が基《もと》となつて発達して来たものであつて、この意味に於て、毒は凡ての科学の開祖と見做《みな》しても差支《さしつかへ》ないのである。本来、「薬」なる語は毒を消す意味を持ち、毒と相対峙して用ひられたものであるが、毒も少量に用ふるときは薬となり、加之《のみならず》最も有効な薬は、之《これ》を多量に用ふれば最も恐ろしい毒であることは周知のことである。
 毒と人生!ある意味に於てこれ程関係の深いものは無いといつても過言ではなからう。何となれば酒、煙草、茶、とかう列《なら》べて見るだけで、敏感な読者は、毒なくしては人生は極めて殺風景であることを感ぜらるゝであらう。酒はアルコホルを、煙草はニコチンを、茶はコフエインを、何《いづ》れも毒を其《そ》の主成分として居るではないか。よしや禁酒宣伝があり、禁煙運動があつても、いまだ禁茶《きんさ》運動のあることを耳にしない。たとひこれ等のものが直接生命の保持に必要なものでないとはいへ、毒と人間とは極めて親し
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