ものだったからである。つまり警察では、そこに後日の研究の余地を存《そん》せしめて置いたのだ。
 すると果して約一ヶ月の後、警察へ投書があった。それは「北沢栄二の死因に怪しい点がある」とのみ書かれたハガキであるが、それがため警察がひそかに未亡人を監視《かんし》すると、未亡人は、緑川順という年若き小説家の愛人があるとわかり、愛人の家宅を突然捜索すると、ちょうど北沢が自殺に用いたと同じピストルが発見され、なお当然のことであるが、「遺書」の載って居るA氏の全集もあったから、警察は謀殺の疑いありとして、未亡人と緑川とを拘引し、死骸の再鑑定を僕等の教室へ依頼して来たのだ。
 鑑定の依頼に来たのは、警視庁の福間警部だった。僕等にはお馴染の人である。僕は警部から鑑定の要項と一切の事情とをきゝ取って、発掘して運ばれた死体を受取り、福間警部をかえして毛利先生の部屋をたずねたのだった。その日は今にも雨の降りそうな、変に陰鬱な天気だったせいもあるが、先生の顔には常にないほどの暗い表情が満ちて居た。僕が書類を手にしてはいって行くと、先生は読みかけた雑誌をそのまゝにして顔をあげ、
「また鑑定かね?」と、吐き出すよ
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