。無論狩尾君の眼にふれゝば、すぐその意味を知ってくれるだろう。僕としては、これが、今の僕の心の全部だ」
K君。これで北沢事件は真の解決を得たのだ。
このことがあってから、毛利先生は、ずっとその快活な状態を続けて居られたが、それから二週間たゝぬうちに、突然狩尾博士の脳溢血による頓死が伝わると、先生は以前にまさる憂鬱に陥ってしまわれた。
学者がその論敵即ち闘争の対象を失うほど寂しいことはない。多分先生の憂鬱もそのためであったと思うが、それは実に極端な憂鬱であった。そうして遂に肺炎にかゝって、狩尾博士のあとを追ってしまわれた。
かくて、日本は、得がたき俊才を一度に二人失ったのだ。こうした花々しい闘争がいつになったら再び行われるか、いつになったら精神病学が、再びこのように進められて行くかと思うと心細くてならぬ。今この事件を書き終ってふりかえって見ると、それが幾世紀も昔の出来事のような気さえする。K君、健在なれ!
[#地付き](〈新青年〉誌昭和四年五月号発表)
底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月
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