「S先生冗談なすっちゃいけません。早く暗室から出して下さい」
この意外な言葉をきいて、並居る一同は、はっ[#「はっ」に傍点]として顔を見合せました。恐しい予感のために誰一人口をきゝません。私は心の中で、愈よ私のチャンスが来たなと思い、どうした訳かぞっとしました。患者は果して眼が見えなかったのです。
すると患者は首を傾け、その白い両手を徐々に上げ、軽く水泳ぎをするときのような動作をして頬から眼の方へ持って行きましたが、その時、世にも恐しい悲鳴をあげました。
「あっ……わっ……先生!……先生は……、右と左を間違えて、見える方の眼をくり抜きましたねッ!……」
C眼科医はこゝで暫く言葉を切った。室内には一種の鬼気が漲《みなぎ》った。
諸君、実に、いや、実は、患者の患眼はそのまゝになって、健眼がくり抜かれて居たのであります……この恐しい誤謬がもとで、責任感の強いS教諭は、二日の後自殺しましたよ……諸君、S教諭の誤謬は、もはや御察しのことゝ思うが復讐心にもゆる私の極めて簡単なトリックの結果でした。即ち患者に麻酔をかけた後、看護婦が教諭を呼びに行った留守の間に、患眼にガーゼをかぶせて健眼
前へ
次へ
全15ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング