が絶えず出入りする肺臓でなくてはなりません。皮膚が所謂皮膚呼吸と称して、酸素の利用を営む如く、窒素の利用も或は幾分か皮膚によって営まれて居るかも知れませんが、酸素利用が主として肺臓で行われて居るごとく、窒素利用もやはり主として肺臓で行われるべきものだと私は考えたのであります。
あなたは地中に居るバクテリアの一種が、空気中の窒素を固定する作用、即ち、遊離窒素を窒素化合物に変化させる力を持って居ることを御承知でありますか。バクテリアのような最も下等な生物にさえ、そういう霊妙な力を与えられて居るのに、まして最も高等な動物である人間の細胞に、そういう霊妙な力が与えられて居ない筈は無いではありませんか。で、私は、肺臓の細胞にこそは、地中のバクテリアのように、窒素を固定する作用が附与されてあるものと推定したのです。
ところが肺臓の細胞には瓦斯交換という大役があるために、窒素固定の方には自然手が及ばぬにちがいありません。又、人体の生存に必要な窒素化合物は、食物によって補給されて居《お》りますから、あながち肺細胞が働く必要はありません。ところが今、仮りに食物の摂取を中止して所謂飢餓の状態に入《い》
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