がつかぬに過ぎないのだと考えました。
御承知の通り、人体の最も肝要な組織を構成して居る化学的物質は蛋白《たんぱく》質です。この蛋白質は窒素を中心とした化合物ですから、窒素化合物は人体に取っては一日も無くてはならぬものです。通常私たちは食物によってこの窒素化合物を取り入れて居《お》りますが、かくの如く、化合物となった窒素が人体に欠くべからざるものであり乍ら、気体の形をして居る窒素が人体によって少しも利用されぬということは神様も甚だしい手ぬかりをしたものだと私は考えたのです。そうしてそれと同時に、これは決して神様の手ぬかりではない、神様は、ちゃんと、遊離《ゆうり》窒素をも利用することが出来るように拵《こし》らえて置いて下さったのであるけれども、人間はただそれに気がつかぬだけだ、と私は解釈するに至ったのです。いや、神様などという言葉はあなたに御気に入らぬかも知れませんが、造物主《ぞうぶつしゅ》とか何とか言うより、早わかりがすると思いますから、まあ我慢して聞いて下さい。
さて然らば、神様は、人体の如何なる機関に遊離窒素を利用する作用を授けて置いて下さったでしょうか。それはいう迄もなく、窒素
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