これ等の大天才たちは、何故、人工心臓の発明に力を注《そそ》いでくれなかったかと痛嘆するのでありました。昔から医学史上に大きな足跡をつけた人は可なりに沢山ありますが、若しそれ等の人々が、唯一人工心臓の発明に向って精進して居たならば、恐らくすでに理想的なものが出来上り、とっくの昔に理想郷が作られて居たにちがいありません。人類文化発達史上から見た人間の最大欠点は、物ごとを濫《みだ》りに複雑にしたことでした。恰《あだか》も自分で建築した迷路の中を、苦しみさまようことに興味を持って居るかのように見えるのが人間の常であります。物ごとが複雑になれば自然、枝葉の問題のみに心を奪われて、根本を忘れ勝ちになります。だから、ルッソーの如きは、「自然に還れ」と叫びました。自然に還れということは、自然の状態に引き返せということではなくて、枝葉を捨てて根本に還れという意味だと私は思いました。これは一刻も早く人工心臓の発明を完成して、医学の根本に還らねばならぬと、私の心は勇み立ったのであります。
人類文化が発達して、物ごとが複雑化され、医学が枝葉の問題を取扱うようになった結果は、ここに恐ろしい一種の疾病を生み出し
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