は決して容易なものではありません。最初は家兎の心臓を切り取り、その代りに喞筒《ポンプ》を置きかえようとしましたが、それは出血がはげしくて、到底目的を達することは出来ませんから、後には、家兎の心臓はその儘《まま》にして置いて、喞筒《ポンプ》に比較的長い管をつけ、それをそれぞれ適当な大血管へ結びつけることに致しました。
最初は人工肺臓については考案をめぐらさないで、人工心臓のみについて研究しましたが、人工心臓だけですと、却《かえ》って、肺動脈と肺静脈とに喞筒《ポンプ》の管を結合するだけの手数が多いですから、寧《むし》ろ人工肺臓附きの人工心臓を工夫した方が便利であるということに気がつきました。心臓は御承知の通り四つの室から成って居《お》りますから、人工心臓即ち喞筒《ポンプ》にも自然四室を設けなければなりませんが、人工肺臓附きの人工心臓ですと、活栓の上下二室だけ即ち実は一室でよろしく、頗る簡単となる訳です。
喞筒《ポンプ》の材料には初め壁《へき》の厚いガラスを用い、活栓に硬《かた》ゴムを使用致しました。これは血液の流れ工合を外部から観察するためでありましたが、後には、喞筒《ポンプ》も活栓も共に鋼鉄に致しました。そうして鋼鉄の方が、ガラスよりも、人工心臓には適当であるということを経験致しました。
さてこれから喞筒《ポンプ》の構造について御話しなければなりませんが、その前に人工肺臓の原理について申し上げます。原理と申しましても頗る簡単でして、上下の大静脈から来た静脈血の炭酸瓦斯を除き去り、その代りに酸素を与えて大動脈に送りこめばよい訳です。然し、酸素を与えることは、酸素管に連結するだけでよろしいですが、炭酸を除くことは可なり厄介でした。その厄介な点は炭酸を除くことそのことにあるのではなくて、炭酸を一時に大量に除くことなのです。静脈血を一定の容器に受取り、その容器に適当な装置を設けて、強い陰圧を生ぜしめて置けば一部分の炭酸は除けますが、早く流れて行く血液の炭酸全量を除くことは至極困難です。そこで私は色々考えた結果、全身を流れて来る静脈血の炭酸量を少くしたならば、この困難は打ち破ることが出来るかと思いました。それには酸素を多量に含んだ血液を、通常よりも早く循環せしめればよいから、活栓の働きの度数を心臓の搏動|数《みゃく》の三倍、四倍にすれば足ると思い、試みて見ましたところが、果して静脈血の炭酸瓦斯の量を非常に減少することが出来、人工肺臓問題は比較的簡単に解決をつけることが出来ました。
で、人工肺臓の炭酸瓦斯を取除く部分は直接大静脈に結び、炭酸瓦斯を取り除かれた血液は人工心臓即ち喞筒《ポンプ》の中に入り、活栓に設けた弁を通じて進み、活栓によって押し出され、其処《そこ》に設けた管から酸素が送られ、所謂《いわゆる》動脈血となって、大動脈にはいって行くのです。して見ると、人工肺臓附き人工心臓は随分|嵩《かさ》ばるものだろうとお思いになるかも知れませんが、段々改良工夫して行った結果、実験動物本来の心臓の一倍半位の大《おおい》さまでにすることが出来ました。つまり鋼鉄を材料として用うれば、人工心臓の容積を小さくすることが出来るのです。申し落しましたが活栓を動かす力は、無論、電気モーターでして、炭酸を除くための陰圧も後には電力によって生ぜしめることにしました。
かく申しあげると、甚《はなは》だ簡単に実験を進めて来たように思われますけれども、これ迄に工夫改良するには実に容易なことではなかったのです。妻も私もそれこそ文字通りに寝食を忘れて働いたことが度々です。ことに機械が出来上っても、それを家兎の大静脈と大動脈とに結びつけるのが難中の至難事でした。始めは鋼鉄管と血管とを直接カットグートと称する糸で結びつけましたが、鋼鉄では融通がききませんから、後には一定の硬さを有するゴム管をその中間に挟むことに致しました。然《しか》しそれでも、度々、圧力が平等に調節されないで、つなぎ目が口を開き、あっという間に出血して家兎を死なせました。
ことに手術上不快な現象と見るべきものは、血液の凝固することです。御承知のとおり血液は、血管の外に出ると直ちに凝固しますが、この凝血の一片でも血中に送りこまれると、小さな血管の栓塞《せんさい》を起して組織を壊疽《えそ》に陥れますから、どうしても血液の凝固を妨げる工夫をするより外に道はありません。そこで私は、かの蛙の口部から取ったヒルジンと称する物質を使用して凝固を防ぎ、手術を行うことにしました。然し手術は無事に済んでも、後の大血管とゴム管との接触部の内側《ないそく》に凝血が起り易く、やはり度々失敗を重ねましたが、活栓を速く動かすことにすれば、凝固は起らぬことを経験して、人工肺臓の工夫が成ると共に、この難関を切り抜けることが出来たので
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