これ等の大天才たちは、何故、人工心臓の発明に力を注《そそ》いでくれなかったかと痛嘆するのでありました。昔から医学史上に大きな足跡をつけた人は可なりに沢山ありますが、若しそれ等の人々が、唯一人工心臓の発明に向って精進して居たならば、恐らくすでに理想的なものが出来上り、とっくの昔に理想郷が作られて居たにちがいありません。人類文化発達史上から見た人間の最大欠点は、物ごとを濫《みだ》りに複雑にしたことでした。恰《あだか》も自分で建築した迷路の中を、苦しみさまようことに興味を持って居るかのように見えるのが人間の常であります。物ごとが複雑になれば自然、枝葉の問題のみに心を奪われて、根本を忘れ勝ちになります。だから、ルッソーの如きは、「自然に還れ」と叫びました。自然に還れということは、自然の状態に引き返せということではなくて、枝葉を捨てて根本に還れという意味だと私は思いました。これは一刻も早く人工心臓の発明を完成して、医学の根本に還らねばならぬと、私の心は勇み立ったのであります。
人類文化が発達して、物ごとが複雑化され、医学が枝葉の問題を取扱うようになった結果は、ここに恐ろしい一種の疾病を生み出しました。それは申すまでもなく肺結核であります。肺結核なるものは結核菌のみでは生じ難く、人間の体質が、結核菌の繁殖に都合よくなったときに発生するのでありまして、而も肺結核の起り易い体質は、人類文化発達の結果生ぜしめられるものでありますから、肺結核は要するに人類文化に対する一種の天の皮肉と見做《みな》すことが出来ます。その証拠には、現代の医学は結核に対して何の権威を持ちません。権威どころか、荒れ狂う姿を呆然として袖手《しゅうしゅ》傍観《ぼうかん》して居るという有様です。医師にとっては或は尊い飯櫃《めしびつ》かも知れませんが、患者こそいい迷惑です。
そこで、医学に志すものは、誰しも、結核の治療ということについて思考をめぐらします。私もやはりその一|人《にん》でしたが、この間題も、人工心臓の発明によって直ちに解決がつくことを知りました。私は前にすべての疾病治療法の解決は人工心臓によって為し遂げられると申しましたから、肺結核も当然その中にはいる筈ですが、肺臓という機関は人工心臓と特殊の関係を持って居ますから、特にここで申し上げようと思うのです。
肺臓の主要なる機能は申すまでもなく血液の瓦斯《
前へ
次へ
全24ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング