したが、伊豆をとりかこむ海の風光は、相模の海にしろ駿河の海にしろ、常にえもいわれぬ美しさを呈しております。皆さんは、『太平記』の中の俊基朝臣《としもとあそん》の「東下《あずまくだ》り」の条をお読みになったことがありましょう。
「竹の下道行きなやむ足柄山の峠より、大磯小磯見下ろせば、袖にも浪はこゆるぎの、急ぐともはなけれども……」とある。大磯あたりの海岸は、紫の浪が間断《かんだん》なく打ちよせて、都《みやこ》の塵《ちり》にまみれた頭脳《あたま》を洗濯するに役立ちます。
かれこれするうち私たちは国府津《こうづ》駅に着きました。富士山が白い衣をかついではるか彼方につっ立っております。私たちはその英姿をほめたたえながら、以前はここから小田原行の電車に乗り、小田原に着くとすぐ熱海行|軽便《けいべん》鉄道に乗ったので、軽便鉄道はその形が至って古めかしく、まるでステファンソンがはじめて作った機関車のようだったが、今は立派な電気機関車が走っています。
その頃は時々断崖の上で、もしや転覆しはしないかとひやひやしたものです。とうとう私たちは目的地の伊豆山にまいりました。伊豆山の元の停留場に立つと、前に
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