は眼下はるかに海があり、後ろには鬱蒼《うっそう》たる樹木に覆われた山があります。相州屋《そうしゅうや》へ行くには、ここから長い石段のある道を降りねばなりません。俊夫君は、前面のはや暮れ初《そ》めた海中に横たわる島を指して、
「あれは初島だよ」
と言いました。
海岸の白砂《はくさ》のないのは物足らぬけれど、このあたりから清澄《せいちょう》な温泉が出ると思えば、それくらいのことは我慢しなければなりません。その温泉宿のうちでも、東洋一の浴槽をもっているという点で名高いのが、これから行こうとする相州屋であります。私はいつの間にか、事件のことを忘れてしまって、あたりの風光や温泉のことなどに心を奪われておりました。
突然、一人の警官が私たちの方へ歩いてきたので、はッとして私は立ちどまりました。
「塚原俊夫君はあなたではありませんか」
と、警官は俊夫君に言いました。
「僕です」
と、俊夫君は答えました。よく見れば左手に相州屋の玄関があります。
「川上糸子は今朝《けさ》ほどまではいたそうですが、いつの間にかいなくなりました」
これを聞いた俊夫君は、案外にもそれほど驚きはしませんでした。
「
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