。寒い風が街頭の木々を揺すっておりましたけれど、私は緊張のために、むしろ身体《からだ》の熱するのを覚えました。
 誘拐団は何のために帝都一流の女優を殺したのであろうか。何のためにわざわざ警視庁へ電話をかけて知らせ、なお俊夫君にあのようなからかい[#「からかい」に傍点]の電話をかけたのであろうか。
 これらの疑問を解こうと考えにかかると、頭の中もすこぶる熱してきました。が到底それは、私にはもちろん、俊夫君にとってもまだ解けない謎に違いありません。
 俊夫君は小田さんに尋ねました。
「さっき、川上糸子は毒殺されたものらしいとおっしゃいましたが、たしかに毒殺の形跡がありましたか」
「ざっと調べたばかりだから分からぬが、別に血は流れていないし、また絞殺された様子もないから、毒殺だろうと思ったのさ」
「あの名刺には、僕の名と進呈という文字の他に、名刺の持ち主の名が書いてあったようにおっしゃいましたが、それを覚えておいでになりますか」
「さあ、それがさっきから、どうも思い出せないのだ。たしかに今まで聞いたことのない名で、はじめの一字は『山』だったと思う」
「山本|信義《のぶよし》というのではありま
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