来たのでございます。それに、年内は帰京しないと書いてありました」
こう言いながら、近藤女史は立ちあがって奥へ行き、間もなく一枚の絵はがきを手にして入ってきました。俊夫君は、それを受け取って検《しら》べました。
「なるほど、一昨日出した手紙ですねえ。それにこれはたしかに川上糸子の筆跡です。川上糸子とあなたとはお近づきなのですか」
「はあ、川上さんは一週間に一度か二度は必ず美容術を受けに見えます。近頃は銀座あたりに二三美容院ができましたけれど、あちらは知った人によく会うので、うるさいと言って、こちらへお見えになりました」
「最後に川上糸子がこちらを訪ねたのはいつでしたか」
「伊豆山へ行かれる前日でしたから、今から十日ほど前です」
「伊豆山からハガキが度々きましたか」
「いいえ、それ一本きりです」
俊夫君はしばらくじっと考えてから言葉を続けました。
「この頃中、誰か川上糸子のことを聞きにきた者はありませんか」
すると、近藤女史は大きく頷《うなず》きました。
「そうおっしゃれば、四五日前に、川上さんと同じ年輩ぐらいの人が、美容術を受けに来て、川上さんのことを色々尋ねておりました。でも一体に女の人は他人のことを聞きたがりますから、その時は、別に怪しいとも何とも思っておりませんでした」
「どんなことを尋ねましたか」
「どんなことといって、はっきり思い出せませんが、根掘り葉掘り色々のことを聞きました」
「その女はどんな風をしていましたか」
「わたしはやっぱり女優か何かでないかと思いました」
俊夫君は立ちあがりました。
「Pのおじさん、こうなっては、何より先に、川上糸子が、伊豆山《いずさん》にいるかいないかを確かめなければなりません」
こう言って絵ハガキを見て、
「伊豆山の相州屋《そうしゅうや》[#ルビの「そうしゅうや」は底本では「そうしょうや」]ですね。これから僕たちは警視庁へお供しますから、相州屋へ長距離電話をかけてください」
三
近藤美容院の電話を借りて、私がタクシーを招くと、ほどなくやってきましたので、私たちは近藤女史とその女弟子に別れを告げて、警視庁に急ぎました。
目的地に着くと、私たちは、先刻春日町の空家で柱に縛りつけられていた刑事の一人に出迎えられました。
「どうだった、川上糸子の家《うち》を訪ねたかね?」
と、小田さんは尋ねました。
「
前へ
次へ
全22ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング