差出しました。胎児と男の距離は凡そ三尺でした。
男はこの突然な私の動作にさすがに面喰って、はじめは私の差出したものが何であるかを判断しかねて居るようですが、暫くすると彼の眼は、胎児の痣に集中されました。無論、男には自然に出来た痣と見えたでしょう。その眼に、初めてはげしい恐怖の色があらわれました。呼吸が急に大きくなり、同時に、上体を後ろにまげて、危うくよろけようと致しましたが、その時世にも恐ろしい唸り声を発して、ぱっと私をめがけて飛びかかって来ました。
私はその時彼が胎児を奪うつもりかと思って、伸した腕をつと[#「つと」に傍点]引きましたが、その途端、石のような男の拳が空間を唸って、私の左の頬に当ったかと思うと、私は人事不省に陥って、胎児を捧げたまま、解剖室にたおれてしまいました。
その時に出来たのがこの痣です。
男はそのまま発狂して、今は精神病院に居《お》ります。然し彼は遂に女殺しの犯人であることを自白しませんでした。コールタールで出来た痣は、無論胎児と共に消滅しましたが、私の痣はその後消えませんし、無論男の痣も消える筈はありません。で、私はこの残された二つの痣が消えるまで、
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