われた殺人であるとすれば、女の妊娠中の腹が解剖されることは、可なりに男の心を戦慄せしめるであろうと思いました。腹壁を開くと、いう迄もなく大きな子宮壁があらわれました。私は然し乍ら子宮壁には手をつけず、先ず小腸を例の如く一尺五寸ほど切り出し、その両端を糸でしばり、解剖台の左側に置かれた腸管固定装置のところへ運んで、それを吊りさげました。ブンゼン灯の火が、見様によっては、その腸管を煮るためではないかと思わせます。
男は少しくその眼を輝かせて腸管を見つめましたが、その時彼は右手をあげてその額を一撫で致しました。やがて腸管がその特有な蠕動《ぜんどう》を始めると、男の衣服が肩先から裾まで、少しばかりではあるが、たしかに一種の波動を起しました。私はじっ[#「じっ」に傍点]と彼を見つめました。彼の額に始めて小粒の汗がにじみ出しました。
然し、彼は何事も言いませんでした。私は今にもその唇から、悲鳴が洩れ出ずるかと思いましたが、彼は何とも言いませんでした。彼の頬は幾分か赤みを帯んで、出たがる言葉を無理に抑えつけて居るかのようでしたが、やはり唇を動かしませんでした。私の予感は当りました。予期したことと
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