体を白布にて蔽い、腸管を運動させる準備をして後、容疑者のはいって来るのを待ちかまえました。
 程なく、問題の男は、検事と警官とにはさまれて、解剖室へはいって来ました。私は男の顔を見て、これは容易ならぬ敵だと思いました。毒蛾のような痣が彼の顔をして一層兇悪の表情を帯ばしめて居《お》りました。その時私は、何となく腸管拷問法が効を奏しないような予感がすると同時に、この男のあの痣を利用したならば腸管拷問法よりも、もっとはげしい恐怖を与えることが出来ると思いましたので、腸管拷問法が成功しない時の予備として、助手に耳打ちして、その頃教室で癌腫発生の研究に使用して居たコールタールの小罎と、それを塗る短い筆とを取って来て置くように告げました。
 いつもの通り、容疑者を加えて、私たち六人は、無言の行を始めました。男は初め、検事に何か言われるであろうと予期して居たらしく、検事のむっつりとした顔を不審そうに見つめました。然し検事は何も言わなかったので彼は解剖台を眺めて、解剖台から一|間《けん》半程隔ったところに立ちました。警官は、警戒のために入口の扉《ドア》のところに立ち、検事は男の左側に立ちました。私は男
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