出来ず、やはり自白を待たねば罪を決定することが出来ません。ところが私の予期に反して、死体を見せただけで自白した真犯人は一人もありませんでした。更に又、頗る物足らなかったのは、真犯人であり乍《なが》ら、死体を見ても心臓運動や呼吸運動に少しの変化もあらわれぬもののあったことです。要するに、死体を見せるという方法は、私の望んで居る効果をあげることが出来なかった訳です。

       三

 そこで私は第二の方法として、容疑者を法医学教室へ連れて来て、その眼の前で死体解剖を行って見せたならば、恐らく所期の結果を得《う》るだろうと考えました。どうせ人を殺すほどの人間ですから解剖を見たぐらい、びく[#「びく」に傍点]ともすまいと考えられるのが普通ですけれど、人を殺す場合には多くは精神が異常に興奮して、いわば夢中になり易く、兇行の後一旦|平常《へいぜい》に帰ったときは、たといはかり知れぬ憎悪のために殺したのであるとしても、眼前で、被害者の内臓をさらけ出されては、恐怖のために、自白するに違いないと考えたのであります。
 果してこの方法によって、二三の容疑者を白状させることが出来ました。六十歳になる高利貸を殺した三十二歳の大工は、高利貸の頭蓋骨が鋸《のこぎり》で引き割られるとき、私の手にすがって、
「どうか、やめて下さい、私が殺しました」
 と白状しました。
 また、情婦を殺した人形製造所の職工は、雪のように白い女の腹部が、縦一文字に切り開かれたとき、やはり、私の手につかまって、
「もう沢山です。私が殺しました。早くあちらへ連れて行って下さい」
 と、声顫わせて叫びました。
 ところが、頑固な犯人たちは、どんな惨酷な解剖の有様を見せつけられてもびく[#「びく」に傍点]ともせず、中には気味の悪い笑を洩《もら》して、さもさも、被害者の解剖されるのを喜ぶかのような表情をするものさえありました。そういう人間に接すると、私は少なからず焦燥を感じて、何とかして苦しめてやる方法はないものかと、無闇に死体に刀《とう》を入れたのでありました。然し、白状しないものは、どうにも致し方がありません。この上はただ、もっと有効な方法を工夫するより外はないと思いました。
 熟考の結果、私は遂に第三の方法を案出することが出来ました。それは何であるかと申しますと、犯人の眼の前で死体を解剖し、その小腸を切り出して、それを蠕動《ぜんどう》させることなのです。
 御承知かも知れませんが、人間の心臓や腸は、その人の死んだ後でも、これを適当な条件のもとに置くときは、生前と同じようにその特有な運動を始めるものです。心臓に就《つい》ては、実に、死後二十時間後に於ても、それを切り出して、動き出させることが出来たという記録があります。腸に就てのレコードを私は存じませんでしたが、少くとも心臓と同じくらいのレコードは作り得《う》ると考えました。
 はじめ私は心臓を切り出して、これを犯人の眼の前で動かせて見せようかとも考えましたが、心臓を生き返らせる装置は腸のそれに比して遥かに複雑ですから、私の目的を達するには不便だと思って、腸を選ぶことにしました。ことに腸管は、一見蛇のように見え、その運動も、蛇がゆるやかに動くように見えますから、犯人にとっては可なりに強い恐怖を与え、自白せしめることが出来るだろうと予想しました。
 先ず、私は実験によって、死後何時間までぐらいの腸を生き返らせることが出来るかを定めようとしました。すると、多数の実験の結果、やはり死後二十時間までの腸ならば例外なく動き出させることが出来るという確信を得ました。通常切り出した腸について、生理学実験を行うときには、切り出すべき腸管の長さは五寸ぐらいでありますが私のは目的が目的ですから、少くとも一尺五寸位を切り出すことにきめました。生理学実験の際には直径七八寸、高さ一尺ぐらいの一端に底のある円※[#「土へん+壽」、第3水準1−15−67]形のガラスの容器の中に、更に腸のはいる位のガラスの容器を装置し、その中にタイロード氏液と称する透明の液を入れ、腸管の両端を糸でしばって液中に縦に浮游せしめて下端を器の底に固定し、上端を糸で吊り上げ、糸の先に梃子《てこ》をつけ、腸の運動を梃子に伝わらしめて、之を曲線に書かしめるのですが、私の方法はそれとちがって、大きい方のガラス器に直接タイロード氏液を入れ、切り出した腸管の両端を糸でしばり、上端だけを糸で吊り上げて容器の中に浮游せしめることにしたのです。そうして、タイロード氏液を三十七度内外に保つために、下からブンゼン瓦斯《ガス》灯によって暖め、なお、酸素を通ずるために、ガラス管を液の中に入れました。生理学の実験では、切り出した腸管全部を液の中に浸しますが、私は、糸で吊り上げた一端を三四寸空気の中に出し、もっ
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