て、腸の運動の印象を深からしめようとしました。仮に腸を鰻にたとえるならば、頭を糸で吊って、胸まで空中に出し、それ以下を液の中へ沈めるのです。尤《もっと》も切り出した腸は鰻の色とはちがって、全体が薄白く、それが蚯蚓《みみず》のように、而も極めて緩く動くのですから、馴れない者の眼には可なりに気味の悪い印象を与えます。而も死んだ人の腸がいわば生きかえるのですから、殺人犯人によっては、殺された本人が生き返ると同じようなショックを与えるであろうと私は思いました。
 すると果して、私はこの方法によって、可なりに頑固な犯人を、数人白状せしめることが出来ました。
 恋の遺恨で、朋輩《ほうばい》を殺した電気会社の職工は、死体が解剖される間は、にやにや笑って見て居ましたが、やがて私が腸を取り出して、例の装置に結びつけますと、急にその笑いを失い、眼を大きく開いて、蛇のような臓器を見つめましたが、暫く過ぎて、腸がぴくりぴくりと動きかけると彼は額の上に汗の玉をならべ始めました。と、その時腸管が、急にくるり[#「くるり」に傍点]と液の中で一回転したのです。
「ウフッ、ウフッ」
 笑いとも恐怖とも、何とも判断のつきかねる声を発したかと思うと、見る見るうちに彼は顔色を土のようにして、その場に蹲《うずくま》ってしまいました。それから彼は、長い間言葉を発することが出来ませんでしたが、言葉を発するや否や、その罪状を逐一白状してしまいました。
 あるときは又、次のような異常な場面もありました。
 それは、ある金持の老婆の家に強盗にはいって、老婆を惨殺した、四十五六の、眼の凹んだ顴骨《かんこつ》の著しく出張った男でしたが、解剖の行われる間、彼はマスクのような顔をして、呼吸一つさえ変えずに、柱のように突立って居《お》りました。私は心の中で、「そんなに何喰わぬ顔をして居たとて駄目だよ、今にびっくりさせられるから覚悟をするがよい」と呟き乍《なが》ら、例の如く腸を切り出してガラス器に取りつけました。と、その時、今迄無表情であったその眼に、案の如く好奇の色があらわれました。
 解剖室の中には、白い手術服を着た私と助手と小使、その外に司法官と警官が一人ずつ、容疑者を加えて都合六人|居《お》りますが、決して口をきかぬことにしてありますから、あたりは森《しん》として居て、音のない腸の運動が、聞えはすまいかと思われる程の静かさです。人々は一斉に腸管を見つめました。やがて腸は軽く動き出し、凡そ十回ぐらい伸縮を繰返したと思う時、どうした訳か吊してあった糸がぽっつり切れて、腸の上端が、ガラスの容器の縁《ふち》にひょい[#「ひょい」に傍点]と載りかかりました。丁度その方向が容疑者の真正面に当りましたので、恰《あだか》も一匹の白蛇が、彼に向って飛びかかるかのように見えたのです。
 あっと云う間もなく、彼は腸のはいったガラス器をめがけて突きかかりました。ガラスの割れる音がして、水があたりに飛び散りました。その時私は、腸が床の上に見つからなかったので、何処《どこ》へ行ったかと思って見まわすと、彼の首筋の後ろの襟《えり》の間に、とぐろを巻いて載って居ました。男は悲鳴を発し両手を後ろの方にあげて取り除こうとしましたが、つかみ方が間ちがったので、丁度腸をもって首を巻こうとするような動作を行いました。
「ウーン」と腹の中から搾り出すような声を出したかと思うと、どたりとたおれて、後頭部で腸管を圧し摧《くだ》き、凡そ二時間あまりは、息を吹き返しませんでした。無論後に彼は犯人であることを自白しましたが、彼がたおれてから間もなく、口から血の泡を吹き出して、それが老婆の腸の上に流れかかった有様にはさすがの司法官たちも顔をそむけました。
 然し私は、真犯人がこのくらい苦しむのは当然のことだと思いました。出来るならば私はもっともっとはげしいショックを与えて犯人を苦しませてやりたいと思いました。むかしの拷問は一種の刑罰法と見做《みな》すべきものでして、犯人を苦しませるには誠によい方法ですが(尤も主として肉体的の苦しみを与えるだけですから物足りませんけれど)犯人でないもの迄が時として同じように苦しみますから、それは拷問の最大欠点です。バーンス探偵の「サード・デグリー」は精神的拷問ですから、頗《すこぶ》る興味がありますが、これは主として訊問によるのでして、止むを得ず所謂《いわゆる》鎌をかけねばならず、それによって幾分か、無辜の人をも苦しめる欠点があります。然るに私の考案した「腸管拷問法」は、犯人でないものには何の苦痛も与えません。始めから終り迄沈黙の裡に事を行うのですから、人体解剖を見馴れぬ人には、多少の刺戟を与えるかも知れませんが、多くの場合、十中八九まで真犯人らしいと思われる者に対して行われるのですから、精神的拷問法として
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