けれど、けれど。
 私は、不幸にも、その何物であるかを見てしまったのです。それは或《あるい》は私の錯覚であったかも知れません。いえ、錯覚であらせたいと今でも思って居ります。然《しか》し、兎《と》に角《かく》、その時、私の眼に映じましたのは、小さい乍《なが》らも人間の形を具えた三ヶ月ほどの胎児でありました。私はぞっと致しました。急にあたりがまっ暗《くら》になって、今にもたおれるかと思いましたが、その時、先生が、この世ならぬ声で、主席助手の方に向って言われた御言葉ではっと我にかえりました。
「もう、手術はすんだ。後始末をしてくれたまえ」
 こういわれたかと思うと、先生は血まみれの手に、その疑問の組織をかたく握ったまま、私たちを残して、さっさと出て行ってしまわれました。子宮剔出の手術は? ? ?[#二つ目、三つ目の「?」は太字] 講習生の方々は、催眠術にでもかけられたようにぼんやりした顔をして見えました。
 暫《しば》らくすると、患者の子宮から、はげしい出血がありました。主席助手の方は、極めて落ついた性質でしたから、応急の手当を施されましたが、どうしても血が止まりませんので、私に、T先生を
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