呼んでこいと仰《おっ》しゃいました。私は、先刻からの心の打撃に、ふらふらして居た矢先ですからまるで夢中になって先生の御室にかけつけましたが、T先生は御いでになりません。で、産婦人科教室に属するすべての室を、一つ残らず捜して行き、最後に、建物のつき当りにある図書室に行きますと、T先生は手に血のついたまま、机によりかかって、ある書物を見つめておいでになりましたが、私の跫音《あしおと》をきくなり、その頭をむっくり上げて、私の方を向いてニッと御笑いになりました。
ああ、その時のT先生の御顔!
先生の口許にはべったり血がついて居りましたが、そればかりでなく先生の歯齦《はぐき》と歯とは真紅《まっか》に染まって、ちょうど絵にかかれた鬼の口をまのあたりに見るようで御座いました。はっと思うと気が遠くなって、私は図書室の入口にたおれてしまったのです……
ここでC子さんは、暫らく話を中絶させました。私たちは固唾《かたづ》を呑んで、その続きを待ち構えました。
「私の御話というのはこれだけで御座います。その患者はその夜、衰弱のため死亡致しました。先生はそれから長い間精神科の病室にはいって居られましたが、先
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