ろがそのT先生が、どうしたことか、まあ、いわば、悪魔にでも憑《つ》かれなさったのでしょう、たった一度だけ、世にも恐ろしい誤診をなさったので御座います。それがため、先生は遂にその身を亡ぼしてしまわれ、私も看護婦という職業を捨てたので御座います。
 それはある夏のことでした。毎年、夏期には、教室で、産婦人科学の講習会が開かれますが、その年も凡《およ》そ二十五六人の聴講生が御座いました。聴講生と言いましても、みな、市内や近在に開業して居られる方ばかりで、どなたも相当な経験を積んで見えますから、T先生も殊更《ことさら》に注意をせられて、手術の時など、私たちの準備を厳重に監督なさいました。
 ある日、T先生は、子宮繊維腫《しきゅうせんいしゅ》の患者に、子宮|剔出《てきしゅつ》手術を施して講習生に示されることになりました。その患者は二十五歳の未婚の婦人でしたが三ヶ月ほど前から月のものがとまり、段々衰弱して来たので、先生の診察を受けたところ、子宮の内壁に繊維腫が出来て居るから、子宮を全部剔出しなければならないとの事で、患者も覚悟をきめて、その大手術を受けることになりました。
 御承知でも御座いましょ
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