むざん》の、犬畜生《いぬちくしょう》にも劣る悪人だよ」
「えッ?」
 あまりに意外な言葉に法信は思わず叫んで、化石したかのように全身の筋肉をこわばらせ、和尚の顔を穴のあくほどながめた。
「わしはなあ、人を殺した大悪人だ。さあ、驚くのも無理はないが、お前がこの寺に来る前に雇ってあった良順《りょうじゅん》という小坊主は、あれはわしが殺したのだ」
「嘘《うそ》です、嘘です、和尚さま、それは嘘です。どうぞ、そんな恐ろしいことはもう言わないでください」
「いや、本当だよ。阿弥陀様の前で嘘は言わぬ。良順は、表て向きは病気で死んだことになっているが、その実、わしが手をかけて死なせたのだ。それには事情《わけ》があるのだよ、深い事情があるのだよ。その事情というのはまことに恥ずかしいことだけれども、これだけはどうしてもお前に聞いてもらわねばならん。
 わしは坊主となって四十年、その間、ずいぶん人間の焼けるにおいを嗅《か》いだ。はじめはあまり心地のよいものではなかったが、だんだん年をとるにしたがって、あのにおいがたまらなく好きになったのだ。そうしてしまいには、人間の脂肪の焼ける匂いを一日でも嗅がぬ日があると
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