さい」
 こう言って彼女は、あかるく電灯に照された応接室へ、静也を引摺るようにして案内した。静也は籐椅子に腰を下し、手巾《ハンカチ》で汗をふいてから、
「時に……」
 と、いいかけると、彼女はそれを遮って言った。
「御くやみを述べて下さるのでしょう。有難いですわ。でも、人間の運命というものはわからぬものですね、佐々木はあの夜、あなたと一しょにレストオランへ行って、同じものを食べながら、あなただけは、このように無事なのですもの……」
 敏子が静也の顔を見つめたので、静也はあわてて、まぶしそうに眼たたきをした。敏子は更に言葉を続けた。
「佐々木はあの夜《よ》家に帰るなり、はげしい吐瀉《としゃ》を始めて三時間たたぬうちに死にましたわ。まるで夢のようねえ」
「本当にそうです」と静也ははじめて口をきくことが出来た。「あのあくる日、気になったものですから、こちらを御訪ねすると、佐々木君が死んだときいてびっくりしました。御見舞しようと思ってもあなたの行先がわからず、あれから毎日こちらへ来て見たのです。二週間とは随分長い隔離ですねえ」
「そうよ、わたし病院で予防注射を受けて居ましたの。あなたは注射をな
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