すって?」
「いいえ、一回や二回の注射では駄目だということで、面倒ですからやめました」
 敏子はそれをきくと、何思ったか、急にその眼を輝かせた。
「一回や二回ではきかなくても、十回もやれば、黴菌をのみ込んだって大丈夫だそうだわ。わたし、毎日一回|宛《ずつ》十回ほど注射して貰ったのよ。あなただって、佐々木のように死にたくはないでしょう?」
「佐々木君が死んだときいてから、急に死にたくなくなりました」
 こう言って静也は意味あり気な眼付をして敏子をながめた。
「それじゃ、その以前は死にたかったの?」
 静也はどうした訳か、急に顔がほてり出したので、伏目になって黙って居た。
「ね、仰《おっ》しゃいよ」
 静也は太息《ためいき》をついた。
「実は、この前御目にかかってから、自殺しようと思いました」
「どうして?」
「失望して」
「何を?」
「何をってわかってるじゃありませんか」
 こう言って彼は、小学生徒が先生の顔を見上げる時のようにおずおず敏子をながめた。二人の視線がぶつかった。敏子はうつむいて、黙って手巾《ハンカチ》で口を掩《おお》った。
「どうしたのですか。佐々木君が死んで悲しいのですか
前へ 次へ
全29ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング