段々考えて居るうちに、彼は突然、友人の佐々木京助を殺してはどうかと思った。彼は、京助のふとって居ることがいつも気に喰わなかったが、ことに、京助の顔は、この世に居ない方がいいというようなタイプであったから、京助を犠牲にすることが一ばん当を得て居るように思われた。尤《もっと》も、敏子に対する腹癒《はらい》せの感情も手伝った。綺麗さっぱりとはねつけられた返礼としては正に屈竟《くっきょう》の手段であらねばならぬ。
 こう決心すると、彼は非常に自分の命が惜しくなって来た。殺人者は普通の人間よりも一層生に執着するものだという誰かの言葉がはじめて理解し得られたように思った。殺人を計画するだけでさえ生に対する執着がむらむらと起るのであるから、殺人を行《や》ったあげくにはどんなに猛烈に命が惜しくなるだろうかと彼は考えるのであった。良心の苛責《かしゃく》などというものも、要するところは、生の執着に過ぎぬかも知れない。こうも、彼は考えるのであった。
 然し、殺人を行うのは、自殺を行うとちがって、それほど容易ではない。どうして京助を毒殺すべきであろうか。これには流石《さすが》に頭をなやまさざるを得なかった。然
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