チに腰を下して、さて、これからどうしたものであろうかと考えて居るとき、ふと、面白い考えが浮んだ。
「自分が死ぬよりも、誰かに代って死んで貰った方が、はるかに楽である」
 と、彼は考えたのである。いかにもそれは愉快な考えであった。そう考えると彼はもう自殺するのがすっかり厭になった。自殺しようとした自分の心がおかしくなって来た。そうして急に人を殺して見たくなった。ことに愉快なことは、今、亜砒酸を用いて毒殺を行《や》ったならば、医師は前述の理由で、コレラと診断し、毫《ごう》も他殺の疑を抱かないに違いない。自分で死んで医学を愚弄するよりも、自分が生きて居て医学を愚弄した方がどれだけ愉快であるかも知れない……。こう考えると静也は、うれしさにその辺を駈けまわって見たいような気がした。
 彼は下宿に帰ってから、然らば一たい誰を殺そうかと考えた。すると、彼の目の前に下宿の主婦《おかみ》のあぶらぎった顔が浮んだ。彼は自分が痩せて居たために、ふとった人間を見ると癪《しゃく》にさわった。そこで彼は下宿屋の主婦《おかみ》を槍玉にあげようかと思ったが、あんな人間を殺しても、なんだか物足りないような気がした。
 
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