かりますと、先方もさるもの、猛然として私をつきのけようとしましたので、次の瞬間、ドタン、バタンという格闘が始まりました。
 俊夫君もこのとき犯人の方へ駆け寄って、何事かしていたようですが、やっと私の力がまさって、犯人に手錠をはめようとすると、俊夫君は、
「兄さん、そうしなくてもよい。叔父さん、色眼鏡と付《つ》け髯《ひげ》をお取りなさい」
 と叫びました。
 私はハッと思って手をはなしました。
「俊夫! 一体このいたずらは何のことだ!」
 と言って、立ちあがって、色眼鏡と付け髯をはずした男の顔は、まがいもなく赤坂の叔父さんでした。
「叔父さんすみません。けれど紅色ダイヤの犯人をつかまえる約束だったでしょう?」
「それはそうさ!」
 と叔父さんは塵埃《ほこり》を払いながら、苦い顔をして申しました。
「叔父さんがその犯人ですからつかまえようとしただけです。その代わり紅色ダイヤはお返しします」
 こう言って、俊夫君はポケットからサックを取りだし、蓋をあけて叔父さんの前に差しだしました。
 燦然《さんぜん》たる光を放つダイヤモンドを見た叔父さんは、顔色をかえて驚きました。
「こりゃ、本当の紅色ダイヤだ!」
 こう言って、叔父さんは上着の内側のポケットから、同じようなサックを取りだして、震える手であけて見ました。
「やっ、贋物《にせもの》だ! いつの間にすりかえられたんだろう?」
 と叔父さんは不思議そうに俊夫君の顔を見つめました。
 私は何が何だか分からぬので、しばし、呆然として、そこに立っていました。
「叔父さん、まあおかけなさい。兄さんもそちらへおかけなさい」
 こう言って俊夫君は、得意げに今までの探偵の筋道を語りはじめました。
「叔父さん、叔父さんは、このダイヤを僕にくれてやろうと思って、僕の力をためしたのでしょう? はじめ、あの匿名の手紙を見たとき、見覚えのある筆跡だと思いました。それから手紙の上の指紋をとりましたら、それは叔父さんの指紋でした。いつか僕が、お父さんやお母さんや、叔父さんの指紋を集めたことがあったでしょう。僕はそれと比べてみたのです。
 それから金庫の上にあった指紋も叔父さんのでした。ですから叔父さんが犯人かとも思ったんですけれど、叔父さんの紙を誰かが盗んで使ったのかもしれず、金庫の上に叔父さんの指紋のあるのは、当たり前であるし、それにあの暗号が気になったものですから、叔父さんを犯人と断定するのはまだ早いと思いました。
 ところが暗号を解いてみると、僕を嘲《あざけ》った文句が出ました。そこへ暗号を切り取った新聞が昨日《きのう》の『読売新聞』だったので、僕は犯人が叔父さんだという、たしかな証拠を得たのです。窃盗は前夜行われたのですから、外から入った犯人なら、昨日の朝の新聞を切り抜いて入れるわけがない。
 またたとい犯人が、叔父さんのうち[#「うち」に傍点]のものであっても、叔父さんが真っ先に読む新聞を切り抜くはずはない。それに叔父さんは、もと逓信省《ていしんしょう》にいて電信符号のことを、よく知っているから、いよいよ犯人は、叔父さんだと推定したのです。
 犯人が叔父さんだとすると、叔父さんは僕の力を試すために、やったことだと思ったから、犯人が分かったと告げてこちらへ来てもらえば、叔父さんはダイヤを持ってきてくれるにちがいないと考えたのです。そこで僕は昨夜《ゆうべ》、叔父さんに手紙を書き、今朝《けさ》投函しに出たついでに、銀座へ行って、贋《にせ》のダイヤとサックを買い、兄さんをだまして、叔父さんと格闘してもらい、どさくさまぎれに叔父さんのポケットをさぐり、本物と贋物とをすりかえてしまったんです」
 叔父さんのさっきの怒り顔は、いつの間にかにこにこ顔に変わっていました。
「いやまったく感心した。紅色ダイヤはお前にやる」
 と叔父さんは申しました。
「昨日の朝の新聞を切り抜いたのは俺の手ぬかりだったよ。四五日前から気をつけて、何か科学に関した記事はないかと捜していたが、ちょうどあの記事が目についたので、暗号を作ったのさ。暗号に身が入って、うっかりそのことに気がつかず、さっそく電話をかけてお前を呼びよせたのさ。それにしても大野君、随分ひどい目にあわせたね?」
 私は穴があれば入りたいような気になりました。
「どうも失礼しました。俊夫君もひどいいたずらをさせたものです」
「だけど、叔父さんをひどい目にあわせることは、あの手紙に書いておいたよ」
「え?」
 と叔父さんはびっくりして言いました。
「手紙を持ってきたでしょう?」
 叔父さんは、チョッキのポケットから俊夫君が今朝《けさ》出した手紙を取りだしました。
「針で孔のあけてある字を読んでごらんなさい」
 叔父さんは手紙を開いて、しばらく電灯の光にすかして読んでいました。
「そうか。変装の方へ気を取られて、これには気がつかなかった」
 こう言って叔父さんは私に手紙を渡しました。私は左に、その文句を写し取り、針で孔のあけてある字だけを例のごとく点を打ちます。

[#ここから2字下げ]
 叔父さん[#「叔父さん」に丸傍点]、とうとう犯人が分かりました。僕は首尾よくダイヤを取り返しました。今晩[#「今晩」に丸傍点]七時に変装してきてください。兄さん[#「兄さん」に丸傍点]を驚かしてやりたいのですから、ついでに[#「に」に丸傍点]ダイヤのサックとこの手紙を持ってきてください。あの暗号には、ずいぶん苦しい思いをさせられ[#「苦しい思いをさせられ」に丸傍点][#「苦しい思いをさせられ[#「苦しい思いをさせられ」に丸傍点]」は底本では「苦しい思いをさせられ[#「しい思いをさせられ」に丸傍点]」]ました。委細はお目にかかってお話ししますよ[#「ますよ」に丸傍点]。乱筆おゆるしください[#「おゆるしください」に丸傍点][#「おゆるしください[#「おゆるしください」に丸傍点]」は底本では「おゆるしください[#「ゆるしください」に丸傍点]」]。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]俊夫より
[#天から5字下げ]叔父上さま

 針で孔をあけた字を一緒にあわせると、
「叔父さん今晩兄さんに苦しい思いをさせられますよ。おゆるしください」となります。
「俊夫にはかなわん」
 とうとう叔父さんも、俊夫君の知恵に降参してしまいました。
 かくて紅色ダイヤは、めでたく俊夫君のものとなりました。



底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
   2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 一巻三号〜二巻二号」
   1924(大正13)年12月号〜1925(大正14)年2月号
入力:川山隆
校正:小林繁雄
2006年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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