なこともありますので、俊夫君は負けず嫌いの性分ですけれど、両親が心配して、この春から力の強い人を助手として雇うことになりました。その助手となったのが、すなわちこの柔道三段の私であります。
はじめ俊夫君は私の名を呼んで「大野さん」と言っていましたが、近頃は「兄さん」と呼びます。それほど私たちの仲は親密になりました。私は朝から晩まで俊夫君と一緒におります。街などを歩いていると、「兄さんは、今、講道館のことを考えていたね」などと言って私を驚かせます。どうして分かるのかと聞くと、にこりと笑って、いかにも簡単に推理の道筋を説明してくれます。
俊夫君が探偵になったのは、その実、赤坂の叔父さんが非常にすすめたからでもありました。その叔父さんはもと逓信省《ていしんしょう》の官吏でしたが、探偵小説が大好きで、年は五十になったばかりですけれど、退職して毎日探偵小説を読んでいるという変わりものです。
叔父さんは金持ちで、俊夫君の研究道具など高価なものでも惜しげなく買ってくれます。叔父さんの家《うち》には祖先伝来の宝として、天竺徳兵衛《てんじくとくべえ》が暹羅《シャム》から持ってきたという大きな紅色《べ
前へ
次へ
全26ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小酒井 不木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング