う結論は下されませぬね」
「本当にそうです。肺臓内の血液量は吸息時に最多量で、呼息時には少くなるのですから、呼息時に行われると称する他絞の際に、肺臓の鬱血が劇烈である筈はありません。これだけでも既に自家撞着に陥っています」
「吸息時には肺が拡がるから、血液が追い出されるとでも考えたのでしょう」
「そうかもしれません。それはとにかく、自絞が吸息状態で行われ、他絞が呼息状態で行われるという説も、随分独断的ではありませぬか?」と私は言った。
「困ったものですね。世の中には自分の経験が絶対に正しいと信じている人がありますが、その人などもそういう頑固な人の部類に属しているでしょう。つまり、自絞が呼息状態でも起り、他絞が吸息状態でも起り得るということを考える余裕さえないのでしょう。よく何年、何十年の経験とか言って、世間の人から尊《とうと》がられますが、経験だとて間違いがないとは限りませんよ」
「それにしても、そういう人の鑑定で裁判された日には、たださえ誤謬の多い裁判が、誤謬をなからしめようとする目的の科学的鑑定のために、却って毒されることになりますね。恐らくあなたは、そういう例に度々御逢いになった
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