る》異嗜《いし》が起って、平素口にしないものを食べたがることがある。して見ると、先日、私の血を喜んで吸ったのもやはり妊娠のためだったのであろう。が、此《この》安心もほんの一時であって、次の瞬間には更に更に恐ろしい感じが、私の心の中に漲《みなぎ》った。彼女が果して妊娠したとすれば、それこそ、私たちの「結婚」の動かすべからざる証拠であって、愈々《いよいよ》、暗い運命の手は、更に一枚の帷《とばり》を増して、私たちを包んだことになるではないか? こう思ってふと鴨居《かもい》を見ると其処《そこ》には「金毘羅大神」の文字が、ぼんやりとした周囲の光から抜け出したように、鮮かに並んで居た。
 私の心は益々暗くなった。彼女が妊娠したというのは果して本当であろうか。彼女もまた私同様に犬神の祟を受けて居るのではあるまいか。血を嘗め灰を嘗めるのは犬神の祟だといえば云い得《う》るではないか。私はもうたまらないような気がした。私は、いっそ、彼女を噛み殺して自分も死んでしまおうかと思う程、私の心はいらいらして来たのである。
 あくる日、私は最後の予防注射を受け乍ら、思い切って、医師にたずねた。
「先生、私は、こうし
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