どはもとより、きいても言わず、きいたとて別に何にもならないので、私はその儘《まま》にして置いた。言葉つきから判断すると四国や九州のものではなく、むしろ東北地方の生れであるらしかったが、私は彼女の素性を探偵して見る気にもならなかった。
法律上結婚はして居なくても、事実上夫婦関係を結んで居るのであるから、私の強迫観念は去る由もなく、今にも何だか恐ろしい目に逢いそうな気がした。
ある日私が会社の帰りがけに、芝公園を散歩しながら帰って来ると、どこからともなく一疋の白犬が血相かえて駆け寄って、あっ[#「あっ」に傍点]という間にズボンの上から噛みつき、これはと思ったときには犬は遥かむこうへ走り去り、それと同時に、右のこむら[#「こむら」に傍点]に焼けるような痛みを覚えた。狂犬! 私はそのとき狂犬の毒の恐ろしさよりも、「犬の祟《たたり》」即ち、これぞ身の破滅の緒《いとぐち》だ! という観念の恐ろしさに全身を慄《ふる》わせた。私は一時ぼんやりしたように立って居たが、やがて気を取りなおしてとりあえず、ポケットから手巾《ハンケチ》を取り出して、傷口を繃帯《ほうたい》し、びっこ[#「びっこ」に傍点]をひ
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