き乍ら家に帰った。
 私が格子戸《こうしど》をあけて上ると、彼女はいつもの通り飛び出して来て、私にしがみ[#「しがみ」に傍点]附こうとしたが、私の顔色のただならぬのと、こむら[#「こむら」に傍点]の部分がふくれ上って居るのを見るなり、いきなりひざまずいて、私が何とも云わぬ先に手巾《ハンケチ》の繃帯をはずし、血みどろになって居る傷口を凡《およ》そ一分間ばかり眺めて居たが、突然その右手《めて》を私の右の腿にかけ、犬がかみつくような風に、傷口に唇をあてて、ちょうど赤ん坊が母親の乳を吸うように、ちゅうちゅう吸いにかかった。私はびっくりして思わず脛を引こうとしたが、彼女の強い腕の力は、私の脚をぴくともさせなかった。私があまりの恐ろしさに暫らく茫然として居ると、凡そ三分間ほど血を吸って、それを心地よげに嚥《の》み下しながら、血に染った歯齦《はぐき》を出して、ニッと笑い、
「あなた、狂犬に噛まれたでしょう。わたしが毒をすっかり吸い取って上げたから、もう予防注射を受けなくてもよいわよ」
 といった。そしてその夜、四五回も彼女は私の血を吸った。
 けれど私は不安でならなかったので、翌日から会社を休んで、
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