かった。そして、さしずめ、芝区の知己の家に寄寓し、間もなく、その附近に、周囲が庭でかこまれた、小ぢんまりした家を借り受けて自炊生活を営み遊んで居るのも勿体ないと思って、某会社につとめることにしたのである。「金毘羅大神」の額は座敷兼茶の間に飾ることにしたが、この額が後に私の身の破滅を導こうとは、その当座、夢にも思わなかったのである。
 さて会社につとめるようになって間もない時分は、何の事件も起らなかったが、ふと私が、カフェーの女給と馴染《なじ》んで同棲するようになってから、私の身の上に不幸が湧いて来たのである。カフェーで交際して居た頃は、彼女はおとなしい気立のよい女であったが、一しょになって見ると、幻滅の悲哀とでも言おうか、私の心に十分な満足を与えてはくれなかった。けれど私は何となく彼女に引きつけられ、彼女もまた私を熱愛した。熱愛したという言葉は或《あるい》は妥当でないかもしれないが、少くとも彼女の私に対する挙動は、極めて露骨なものであった。一例をあげるならば、私は会社から帰ると、彼女は私のくび[#「くび」に傍点]にぶら下り乍《なが》ら、貪《むさぼ》るようにして、私に××するのであった。
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