、その迷信故に、御恥かしい話だが、従兄妹《いとこ》よりももっと濃い仲――○○○○の間柄――で夫婦になり、私を生んだのである。私は一人子として我ままに育ち、附近の町の中学を卒業しただけで家にとどまり、若し両親が今まで生きて居《お》れば、田舎で百姓相手に暮す筈であったのである。ところが、先年、流行性感冒が流行《はや》ったとき、父母が同時にたおれ、それ以来、私は地主さまで収まって居たが、何かにつけ、犬神の伝説にまつわられるのがうるさくなり、去年の春、所有の土地や家屋敷まで売り払って、自由な空気の中で生活すべく上京したのである。
私の家にはたった一つ、代々伝わる家宝がある。それは何人《だれ》が書いたともわからぬ「金毘羅大神《こんぴらだいじん》」の五字を横にならべた長さ五尺ばかりの額で、よほど昔のものと見えて、紙の色は可《か》なりと古びて居るが、墨痕《ぼっこん》は、淋漓《りんり》とでも言おうか、見つめて居ると、しまいには、凄い様な感じの浮ぶほど鮮かなものである。常々両親はどんなに家がおちぶれても、これだけは売ってならぬと口癖のように言って居たので、上京するときも私はそれを持って来ることを忘れな
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